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対魔征伐係.178「遥香再戦」


夜。
人気のない公園で何時ものように仕事を終えた四人が居た。
「・・・やはり真司はまだまだ無駄な動作が多いですね」
「・・・精進するわ・・・」
今回、閑流は真司の動きを見る役割に勤めていた。
そしてやはり駄目出しを受ける真司。
閑流が来てからの仕事後の風景としては見慣れた感もある。
「ああやって見ると、やっぱり師弟関係って感じがするよね~」
「・・・そうね、剣術だけではなく閑流ちゃんの礼儀正しさも見習って欲しいものだけど・・・」
二人を見ていた雪菜と恵理佳。
「分からなくもないけど、真司が閑流みたいになるなんて想像も・・・」
「・・・雪菜?」
雪菜は話の途中で何かに気がつく。
「・・・」
「ん・・・?どうした?」
それは閑流も同じだった。
雪菜と閑流の視線の先の暗闇から人影が近づいてきた。
「・・・お前は・・・」
「皆さんお揃いで・・・こんばんわ」
現れたのは遥香だった。
何時ものように澄ました笑顔での登場である。
やはりまた今回も災忌あるところに真司達も・・・というところで待ち伏せされていたのは想像に難しくない。
そして、その目的もまた明白だった。
「今回はお遊びはなしで・・・今すぐに姉さんを呼んで貰えませんか?」
「・・・やっぱりかよ・・・」
やはり目的は郁のみのようだ。
しかも前回と違い、真司たちには目もくれずに郁とだけ戦う気らしい。
「・・・姉妹なんだから家とか携帯番号くらい知らないの?」
真司と遥香の会話を聞いていた雪菜が素直に思ったことを口に出す。
「・・・私が家を出た後に姉さんは越したし・・・実家になんて戻る気もないわ・・・それに・・・」
どうやら遥香は家を出て以来、一度も戻っていない様子である。
どんな生活をしてきたのかは定かではないが、身内との連絡は一切取っていなかったことになる。
「こうして貴方たちを探して姉さんを探して・・・遠回りはそれはそれで、ゲーム感覚で楽しいものだわ」
相変わらずの笑顔でキッパリと言い切る遥香。
遥香にしてみれば郁を倒すという目的に達するまでのプロセスならばどんなことでも楽しく感じてしまうのかもしれない。
「さて・・・それじゃあいい加減に呼んで貰える?」
「・・・」
遥香に催促されるが、そう簡単に連絡は取れなかった。
その後の展開は火を見るよりも明らかだからだ。
わざわざ姉妹同士を争わせたくは無かった。
だが・・・
「・・・姉さんのことだし・・・どうせ私が来たら呼ぶように言われてるでしょ?」
「・・・流石は姉妹だな、ご名答だ」
遥香から指摘されたことは図星だった。
遥香との初対面の後・・・郁からはきつく言い聞かせられていた。
「・・・それとも・・・紅蓮の眼を持たない貴方たちが私の相手になるのかしら?」
「・・・分かった分かった・・・」
「兄さん・・・!」
遥香から脅されるような形で郁に連絡することを決めた真司。
「・・・ここで俺たちが相手をして勝っても負けても・・・恐らく師匠は良しとはしないだろ・・・?」
「・・・そ、それは・・・そうかもしれないけど・・・」
理解はしても納得できていない様子の恵理佳を宥めつつ郁へと連絡を入れる真司。


・・・・・・


連絡を入れてからさほど時間は待たずに郁はやって来た。
出来る限り全速力で駆けつけてきたのだろう。
「・・・久しぶりね、会いたかったわ・・・姉さん」
「・・・遥香」
こうしてまた二人は出会ってしまった。
遥香の顔は何時もの笑顔ではなく、嬉しそうな笑顔になっている。
それが、そのままの意味での嬉しさを表しているのならばどれだけ良かったのかと思わざるを得ない。
「今回は以前のように無駄な遊びはしていないから・・・今日で終わりにしてあげるわ」
「・・・」
遥香は言いつつ左目にしていた包帯を剥ぎ取る。
今の遥香の気分を表しているかのような紅い瞳が見える。
郁も同じく前髪を上げ、準備をする。


そして・・・間を置かずして戦闘は開始される。
郁からすれば一分一秒が惜しい。
前回の戦闘で待つだけ無駄だということが分かっていた。
今回もまた果敢に郁から攻めて行く。
何とか制限時間内に遥香を倒せなければそれだけで負けは確定してしまう。
対する遥香はのらりくらりと戦闘を楽しみながら守りを固めていればいい。
二人の間にさほど実力差がない以上・・・結果は明白だった。


「・・・あの遥香という人は・・・郁殿の姉妹・・・なのですか・・・?」
「・・・まぁ、そういうことになるな・・・」
今までずっと黙って様子を見ていた閑流が口を開く。
「・・・郁殿と同じ眼を持っている様子ですが・・・」
「あぁ、あいつは紅蓮の眼とか言ってたが・・・師匠と違って長時間でも平気っつー厄介極まりないもんだ」
閑流は郁の勝負を急く態度を疑問に思ったのだろう。
「・・・なるほど・・・真司たちは加勢しないのですか?」
「・・・まぁ・・・したいっちゃしたいが・・・」
閑流に言われて返答を濁らせる真司。
前回、郁が来たときは戦える状態ではなかった。
だが今回はその気になれば加勢できる。
しかし・・・問題は姉妹間での問題である。
更にその事情は怨恨に近いものがある。
下手に加勢しては、勝っても負けても・・・二人の問題の解決にはならないと考えられてしまう。
無論、郁が危険になれば飛び出して行くことは間違いないのだが。
「・・・しかし・・・恐らくこのままでは郁殿は・・・」
「・・・」
閑流も子供ながらにその辺の事情は察しているのだろう。
それでもこのままの結末に苦言を呈せずには居られなかった。


実際問題、郁の顔には余裕はない。
対して遥香は余裕しかないほどである。
そんな様子を見ていた閑流が呟く。
「・・・行ってきます」
「お、おい・・・?」
閑流の突然の発言に驚きを隠せない真司。
「・・・事情は・・・察しがつきますが・・・私は・・・子供なので」
「・・・」
それだけ言うと閑流は郁と遥香の元へ飛び出していった。


「・・・ッ・・・何!?」
紅蓮の眼を持つ遥香はすぐに閑流の動きに気がつく。
それは郁も同じだった。
「・・・閑流!?」
「・・・郁殿、加勢させて貰います」
閑流の介入により、一端間合いを離し、仕切りなおしになる。
「・・・あの子も・・・私と同じよ」
「・・・はい、郁殿を相手にしていると思えばいいのですね」
「・・・ま、そんな感じね」
郁は閑流の介入を拒む様子は無かった。
真司と出会う以前より閑流とは何度も手合わせをしている郁。
その一度言い出したら引き下がらない性格も把握していた。
先ほどまでの余裕のない真剣な表情から何時もの笑顔になっていた。
「・・・そんな子供一人・・・巻き込んだことを後悔させてあげるわ、姉さん」
郁の表情が変わったことを気にしたのか、遥香は不機嫌そうに呟く。
「・・・それじゃ、私がメインで・・・閑流はサポート・・・みね打ちで宜しくね」
「はい、心得ました」
戦術の大まかな流れが決まったところで再び郁から遥香に攻め始める。
郁の蹴りと殴り・・・素早い打撃の嵐。
それらを全てきっちり捌き、避けて行く遥香。
だが・・・郁の流れるような打撃の僅かに出来る隙間から閑流の刀による斬撃が加わっていた。
郁が攻撃を上へ散らせば閑流は下へ。
決して郁の攻撃を制限させず、郁の力をフルに出させつつ僅かな隙間から的確な位置へ斬撃を振りぬいて行く。
「・・・この・・・子供・・・ッ!!」


1p615.jpg


「・・・閑流ちゃん・・・何でも出来るんだね・・・」
「・・・いよいよ持って形無しだな・・・」
そんな一気に攻勢になっている郁、閑流ペアに見とれる三人。
「このままだったら普通に勝てちゃうんじゃないの?」
雪菜の言うとおり、遥香に先ほどまでの余裕はなく、凌ぐのもやっとと言う感じだった。
そして・・・
「・・・!しまっ・・・!?」
遥香が声を上げる。
その時、紅蓮の眼で先が見えていても身体が避け切れない未来を見ていた。
郁の攻撃は全て捌き、避けていた遥香だったが・・・
郁が意図的に上へ上へと攻撃を散らしていた為、下方向への意識が疎かになった。
その瞬間を閑流は見逃さなかったのだ。
素早く振りぬいた閑流の刀は遥香の太股付近を思い切り痛打した。
あたり一面に聞くだけで肩がすくむような打撃音がした。
「・・・諦めなさい、遥香」
「・・・くっ・・・」
あれほどの強打を浴びたのだ、今の遥香は足を動かすだけでも痛みが走るだろう。
郁に窘められる遥香だが、その顔はまだまだ諦めていなかった。
「・・・今回は・・・とんだ邪魔が入ったけど・・・次こそ・・・楽しみにしてるわ・・・」
「・・・」
それだけ吐き捨てるように呟くと遥香は暗闇の中へ消えていった。
そして今の郁にはそれを止めることは出来なかった。


「・・・邪魔をしてしまい・・・すいませんでした」
「いいのよ・・・閑流が居なかったらきっと私がやられてたし・・・」
遥香が居なくなったことを確認し、閑流は郁に詫びる。
そんな閑流に郁は笑顔で答え、頭を撫でる。
「・・・だけど・・・二度目は・・・ないわね」
郁は自分に言い聞かせるように呟いた。


そして、これでしばらくは遥香も大人しくしているだろうと僅かに安心していた真司達だったが・・・
今回の一件が皆を巻き込んでの波乱の展開になるきっかけになろうとはこの時点では誰もが気づいていなかった。



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