-紅魔館・真司の部屋-
「…ん?」
自室でまったりと過ごしていた真司は外が騒がしいことに気が付いた。
のっそりとベッドから抜け出ると、紅魔館では珍しい部屋の窓から外を眺めてみる。
すると正門の前、美鈴が門番をしているあたりが騒ぎの原因となっていた。
寧ろ、その美鈴と見知らぬ少女が何やら言い合っていることが原因だった。
(…何してんだ…?)
特別争う気配はない。
強引に進入しようとしている様子もない。
ただ、言い争っていた。
しかし、かなり、五月蝿かった。
こういうものは、一度気になってしまうと中々耳から離れないものである。
このままではゆっくりすることも適わないと原因究明とその解決に乗り出すことにした。
-紅魔館・正門前-
「…何してるんだ…?」
「あ、真司さん」
「!!」
正門前で相変わらず言い争っていた二人に声を掛ける。
美鈴は困った様子でこちらを振り向く。
対して、見知らぬ少女は凄い勢いでこちらを振り向く…と言うよりは、睨んできた。
「そこのアンタ!アンタがシンジって人間ね!?」
「ちょ、ちょっと!待ちなさい!」
「…まぁ…そうだが…」
猪突猛進という言葉がぴったりの勢いで真司の元へ駆け寄ろうとした少女を美鈴が後ろから捕まえる。
流石は門番である。
不審者にはしっかりとした対応をしている、と少しばかり感心した。
「…お前…誰だっけ…?どこかで会ったか…?」
正直な心のうちを言葉にした真司。
目の前の少女は真司を知っている様子だったが、真司には身に覚えがない。
幻想郷ではそこそこの有名人である真司。
このようなことは稀にある。
少女とは初対面の真司だったが…少女の雰囲気。
やけに元気そうな性格、声。
背中の羽などから、人間や妖怪などではなく、妖精の部類ではないかと思われた。
「ちょっと!アンタにお前呼ばわりされたくないわよ!」
「…お前もアンタ呼ばわりだろうが…」
どっちもどっちだった。
二人のやり取りを見て、害はないと思ったのか、美鈴はその手を離した。
「あたいにはチルノっていう素晴らしい名前があるんだから!」
「…それで、おま…チルノは俺に何か用でもあるのか?」
余程自分の名前が気に入っているのか、単純に性格なのか、何故か誇らしげに自己紹介を済ませたチルノに問いかけた。
先ほどの様子を見る限り、真司に用件があったと思われたのだ。
「はぁ?何であたいがアンタなんかに用事がなくちゃいけないのよ!あるわけないでしょう?」
「・・・」
暑さの所為か、ふらついた。
どう考えても真司に用事があったように見えた。
しかし、当の本人はこの様子である。
しかも悪態のオマケ付きだった。
近所の悪ガキを相手している気分だった。
「…じゃあ、何でここに来たんだ…?」
「あたいの友達に頼まれたの、アンタを連れてきてくれって」
話がイマイチ見えてこない。
チルノとは初対面であり、その友人も知っている風ではない。
そもそも、その友人が真司の知人ならばわざわざチルノを使いに頼むとは考えにくい。
「…その友達って…なんて名前なんだ?」
「…名前…だい…?」
「…ダイ…?」
とりあえず名前を聞いてみたが、何故か聞かれたチルノも疑問系だった。
しかも出てきた名前は男女も、人間かどうかでさえ判断しかねる名前だった。
少なくとも、真司の知り合いではなかった。
「…まぁ、そいつは…俺に何の用があるんだ…?」
「さぁ…?…確か、借りを返すとかなんとか?」
「・・・」
予想外に物騒な言葉が出てきた。
人の命など、簡単に危険にさらされる幻想郷。
そんな世界でそんなことを言われては堪ったものではない。
借りを返すという見知らぬやつがわざわざ使いを出して真司を呼び出してきた。
真司自身は恨みを買うようなことはしていないつもりだったが…
連れであるレミリアはその限りではない。
レミリアに恨みを持つものが仕返しにと真司を狙ってきてもおかしくはない。
寧ろ、ここまでの流れではそれ以外に考え付かなかった。
「まぁ…なんだ…断る」
「ちょッ、なんでよ!」
きっぱりと断った真司に対して、凄い勢いで詰め寄るチルノ。
「お前、馬鹿か!そこまで話されてみすみす付いていく馬鹿が居ると思うのか!」
「馬鹿馬鹿ウルサイわね!馬鹿って言う方が馬鹿なんだから!」
「それじゃあ、お前も馬鹿じゃないか」
「「・・・」」
さんさんと厳しい陽が降り注ぐ中、子供のけんかは続いていく。
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
-紅魔館付近・湖の畔-
(…チルノちゃん…遅いなぁ…)
大きな溜息を吐く大妖精。
かれこれ数時間はここで待ちぼうけしている。
しかし、頼んでお願いした立場上、チルノを置いて帰るわけにもいかない。
木陰で陽を避けながら律儀に立ったままで待っていた。
その傍らには綺麗に洗濯され、皺ひとつなく綺麗にたたまれた真司のシャツがあった。
「…はぁ」
何を思ってか、また溜息を吐く。
結局…この日、チルノが帰ってきたのは日が沈んでからだった。
無論、一人で。